にしくぼ整体ブログ『深呼吸から始めよう』

三鷹駅北口徒歩8分、武蔵野市、三谷通りのカイロプラクティック院、にしくぼ整体です!

南三陸町震災から二年

大震災南三陸町二周年追悼式参列させていただきました。
慎ましく、というよりは合唱や献奏がメインでずいぶん凝った映像演出も見られました。チリからアーティストも来賓としていらしてました。
南三陸のあちこちにはモアイ像を見かけるのですが、太平洋を挟むはるか向こう、チリと津波を通して交流を持っているからなのです。
ある漁師さんはずっと昔に、チリに日本流の養殖技術を気前良く教え、後年その技術で獲った魚が輸入されてきて、あいづら恩知らずだ〜!と酔った席で語ってくれました(笑)。

式典の前後には志津川で知り合った顔馴染みのみなさんにも会えました。アポ取って伺うとあれこれ気を使わせてしまうので突然お邪魔したのですが、よくよく考えるとどちらにしても迷惑な気がしますが(笑)

被災地の皆さんにとって震災という堪え難い現実は決して消えないし忘れる事はできないでしょう。
その痛みを受け止め、抱いて、生きていくにはまだまだずっと時間がかかると思います。

今回もあちこちのお宅でしゃべくり倒されながら、やっぱりこうしてお話を聞いてあげれる仲のいい友人でいてあげたいと思いました。


松田

写真洗浄のボランティアに参加して

松田院長と院長が3.11の震災のボランティアの際に知り合ったという西久保在住のKさんのおかげで貴重な時を過ごす事ができました。


院が終わった時のことでした。

院長から「写真洗浄のボランティアにいってみない?」と。

“あらいぐま作戦”(3.11の震災にともなう津波被災地でみつかった写真を洗浄し持ち主へお返しする)というボランティア活動です。

震災当初より練馬の光が丘を中心に地道に活動されているそうで今回は西久保のコミニティセンター(以下コミセン)で行なわれているということで参加できることとなりました。

院長はボランティアさんたちにお茶菓子の差し入れだけ置いて帰られ、私と大森先生での参加となりました。


コミセンに行く前は、詳しい活動内容を把握できていなかったため、
写真の専門家の方が写真の修復をしてくれるのかな・・・
と想像していました。

コミセンについて、部屋へ入ると3つのパソコンとボランティアの方々が
机に向かって細かい作業をされているのが目に入りました。
入った瞬間から自分が想像していたような光景とは大きく異なっていました。

写真についての大まかな特性と洗浄の仕方の説明を受け、
実際に写真洗浄を行ないました。

一番最初にショックを受けたことは、写真の状態でした。
コミセンにあった写真は、津波被災で見つかったもので、
みつかったときはいくつもの写真が束になってくっついており、
ボランティアの活動ではそれを1枚1枚に分ける作業からされたそうです。
そのため、写真をみて何が映っているのかと分かるものもあれば、
紙を洗濯機で洗ってしまったかのように破れたり、よじれたり、
何が映っていたのかわからない写真もありました。

写真の状態に応じた洗浄の作業は、本当に細かい作業で、
1枚の写真を洗浄するのに、要する時間は想像以上のものでありました。


ボランティア活動に参加している中で、
最も心に残っていることは、ボランティアの方々が、
どんな状態の写真も本当に丁寧に扱うのです。
違う場所でみたら、写真だと分からないような状態のものでも

被災された持ち主の方がみたら大切な1枚だからと・・・。

この言葉を聞いて胸が締めつけられるような思いがしました。


今回、ボランティアに参加し、お話を聞いて以前松田院長に言われた言葉の


「マザー・テレサの言葉だけど、愛の反対は何かわかる?」


愛の反対は・・・、考えていると。


「憎しみではなくて無関心なことだよ。」と。




その意味が以前より少しだけわかったような気がします。




東京にいてもできる写真洗浄ボランティア活動、お時間のある方は是非参加してみてはいかがでしょうか。

あらいぐま作戦ブログ↓
http://blog.livedoor.jp/niji7nanairo/



                    榎園

中央・総武線三鷹駅、西東京市・武蔵野市エリアの方の整体院
赤ちゃん連れでも安心 託児所とも提携してます
大川カイロプラクティックセンター にしくぼ整体



南三陸再訪!

半年ぶりに宮城県の南三陸町に一泊で行ってきました。

今回はボランティアではなく、
ご縁のできた現地のみなさんに会いに行き、、
一観光客として現地でお金を落としに行くだけの、はじめての身軽な被災地一人旅行でした。

最後に行ったのは半年前。
お茶ラジプロジェクトというプロジェクトを立ち上げて南三陸の各地で開催していました。
(2ヶ月限定のプロジェクトで健康支援、コミュニティ支援が目的。 お茶会とラジオ体操を組み合わせた企画で小さな仮設や自宅避難者中心に開催できました。くわしくは下記参照。) 

お茶ラジサイト
https://sites.google.com/site/ocharadioproject/

お茶ラジブログ
http://ocharadiop 


去年にも増して被災地は雑草がたくましく生い茂り、建物の痕跡や基礎部分を隠していて不思議な光景でした。 海はずいぶん青さを取り戻している様子!

雑草たくましい
青い海
シンボルとなる全壊の建物はだいぶ解体されていてよりいっそう海の見晴らしが良くなっていました。
町の人々にとって瓦礫や建物がなくなっていくは何だかさみしいし、喪失感に襲われると言います。


しかし久しぶりにみなさんの元気な顔を見て安心しました。

そしてとても久しぶりに本業である施術もしてきました。
事前に相談を受けていた五十肩と手の指の靱帯損傷の方への施術やいつも時間がなくてしてあげられなかった方々にゆっくりとおしゃべりしながら。

おいしい田舎料理、サンマやワカメなどの手土産もたくさんいただき、いつもながら恐縮でした。生サンマ!

震災以降に高台で再開した民宿「下道荘」にも念願の宿泊ができました。
朝食では漁師でもある若旦那の朝採れホタテも頂き、最高の味でした。
朝採れホタテ!
女将さんにもすごく気を使って頂き、心がほっこりしました。また必ず行きたいと思います。

下道荘
http://sitamiti.jp/



あるお母さんとは沿岸を一緒に散歩して、基礎だけ残った自宅と経営していた民宿の跡地で想い出話を聞かせて頂きました。
(一年前ならきっと涙涙だったと思いますが終始笑顔だっとことも時間の経過で心が整理されてきたのかなと思いました。)

家族と職を失ったあるご家族は新たな仕事や道を模索し始めていました。

最後までアナウンスを続け、たくさんの町民を救い、命を落とした女性職員で有名になった南三陸の防災庁舎の保存に反対する遺族の思い、
いまやシンボルとなり観光の目玉になっている現状。町民それぞれの複雑な思いが交錯していました。


あちこちでいろんな話を聞いてみて

目に見えない部分と見えるものと色々ありますが、南三陸の復興はちょっと遅いかなという印象でした。

ひとつの例ですが、せっかく復興した仮設商店街に地元の人の足が向いていないのが気になりました。

理由は色々あります。
食料品、日用品など欲しいものがそろわないから結局、内陸の大きいスーパーに行くことになる
観光客向けの品ぞろえで、値段も高い

あそこ(仮設商店街の駐車場とか)の下でも津波の犠牲者がいるから足が向かない


あまり良い話ではありませんが、
このブログを読んだみなさんには被災地はテレビなどでみるほど復興はしていないことを知って頂ければと思います。

心の復興なくして真の復興はないと、陸全高田の市長さんが以前おっしゃっていましたがその通りです。


これからは国や行政がぐいぐいと復興の青写真を開示し、お金を投入する段階です。

そして遠くに住む我々にもできることがあります。それは

『忘れないこと』だと思います。

どこかで東北の物産があったら買ってみてください。

美味しかったら是非継続してまた買ってみて下さい。

現地に行ける人はどんどんお金を落とし、見たこと、聞いたことを持ち帰って語ること、です!



まだまだ道半ば!


がんばろう日本、


がんばっぺし東北!


まだまだです
復興商店街復興カフェ

これはすごいでしょ?朝の沿岸散歩で大潮で溝に取り残されてしまっていたフグの子どもをキャッチ&リリース!

松田

おだやかな被災地 ご案内

残暑厳しい中、日焼けで脱皮中の院長松田です。

乾いた暑さは日差しの強さが一層際立ち、痛いほどですね

インドア商売で日差しに飢えているもので休日はできるだけ太陽を浴びて光合成に励んでおります(笑)




さて今日はある舞台の案内です。

宮城県南三陸町のピアノの先生、遠藤水華里さんの

被災地での実体験を元にした劇「おだやかな被災地」が御茶ノ水で催されます。

水華里先生は私が被災地支援活動をしていた中で避難所で知り合った大事な友人の一人です。





「細くとも忘れないでほしい」


そんな思いで、あちこちで講演されたり、あいさつ回りにいかれたりと積極的に動かれています。重い持病と闘いながら本当に頑張られています。

お時間のある方ぜひ、お茶の水に足を伸ばして「被災地の今」を観て来てください。よろしくお願い致します。


<あらすじ>
2012年3月11日14時46分18秒。東日本大震災から一年経ったいま、被災地のアリーナでは、記念のセレモニーが行われようとしている。愛犬を津波によって亡くした朱美は、この1年間で仲良くなった瞳、智子、山口と浜辺で会う。四人は、必死で生きてきた1年をさかのぼるように思い返していく。しかし3月11日より前にはどうしてもさかのぼることができない。

「3月10日を返して・・・返してくれないなら、もう一度3月11日の津波を起こしてよ!」

穏やかな海に向かって叫ぶ朱美がいた。被災地は一年経って、一見おだやかに見えるが、未だに闇の中で様々な思いを抱えながら、必死にもがいている


時間 13:00開演、17:00開演

場所 お茶の水クリスチャン・センター8階チャペル

参加費 2,500円チケット(前売り当日ともに)

申込み  e-mail:mail@bzpjic.net に「枚数・住所・氏名」を

    ◆嵳絞悵拌悄002202-5-99336 いのちの掲示板」に振り込みを。

〒101-0062 千代田区神田駿河台2-1OCCビル6F総動員伝道内

FAX 0120-826-704 blog http://blog.bzpjic.net/

東日本大震災募金使途報告

東日本大震災募金使途報告

院長松田です。

3月から7月にかけての募金活動におきましては三谷通り商店会の皆様、地域の皆様などなど温かいご支援賜り誠にありがとうございました。

大変遅れましたが使途報告させて頂きます。


  募金総額 189,742円
  

ご支援頂いたみなさま

カラオケドルフィン様・・101,000円

三谷通り商店会献灯の集い募金・・50,000円

三谷通り商店会有志募金・・14,100円

ウドンスタンド五頭様・・17,892円

にしくぼ整体・・6,750円



使途内訳)

‘郢偉δの「産業の復興」「雇用の創出」を一つ一つ実現し、活動されている
社会貢献共同体ユナイテッド・アース様
http://united-earth.jp/minamisanriku/shien/
への支援物資の購入

購入品目
水産胴付長靴10,200円×6着  小計61,200円
レインスーツ 6,279円×12着  小計75,348円
             購入合計136,548円

特定非営利法人DSP災害支援プロジェクト様http://dsproject.org/に支援金として募金
             募金額 62,000円

※孤立した地域中心の支援活動や、潜水技術を生かし、東北沿岸のご遺体捜索を粘り強く続けている事でメディアでも取り上げられているNPO団体です。私自身もDSPの枠組みを利用し、『小さな避難所と集落をまわるボランティア』を一年間展開させていただきました。


                支援総額 198,548円


報告・・・南三陸町で居酒屋再開を目指していたSさんの為に、一部募金を募っていましたが
日々変わる被災地の現状において再開困難とご自身が判断され、断念されました事も合わせて報告致します。

先方より支援物資到着

支援金振り込み証明

一歩前へ

震災からもう一年が経とうとしています。

一年前、日本中が世界中が共有した一体感、今でも思い出すと胸が震えます。

この災害で芽生えた気持ちを忘れてはいけない。

日本人に生まれたことの誇り。

日本人らしくていいんだと。



今できることを懸命にしよう。

生きていられることに感謝しよう。

家族を大切にしよう。

こんなに日本を支えていた東北に恩返しをしよう。


院長 松田 孝司

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
東日本大震災慰霊・献灯の集いのご案内

場所:三鷹駅北口、徒歩10分三谷通り防災公園
時間:午後2時46分より

加入している三谷通り商店会主催の東日本大震災の追悼、献灯の集いがにしく
ぼ整体近くの防災公園で行われます。


慰霊の灯りをともし、追悼の意を捧げませんか?

当日は炊き出しのシュミレーションとして甘酒も振舞います。

前ブログの竹灯篭最後にここに集まります。

私のこれまでの活動のパネル展示と募金活動もさせていただきます。

さまざまな支援方法を紹介した一覧もお渡しします。赤十字義援金でがっかりされた方、より実行的で顔の見える支援先がたくさんあります。

是非、募金や物品購入での復興支援、知っていただければと思います




復旧から復興へ少しずつですが被災地は立ち上がっています。



一歩前へ、一歩前へ!




東北の知恵



節電にもなるし、部屋もコタツ内もホカホカ。
これコタツのスイッチ入れないみたいです!すごっ!



12/6,7気仙沼、南三陸

12/6,7気仙沼、南三陸

12月の支援活動報告です。

今月はいつもの南三陸沿岸津波被災地域と、私の知り合いのご姉妹が住まわれている気仙沼のみなし仮設(震災で自宅を失い、自前で民間の賃貸住宅を見つけて入っている)
に行ってきました。

今回は支援金がたくさん集まりましたのでウィンターギフトを50世帯分用意させて頂きました。

ちょっと早いですが年末年始用にお汁粉セットを被災地の再開店舗で購入し、
自宅で被災された方々、みなし仮設(震災で自宅を失った人が自前で民間の賃貸住宅を見つけて入っている)にお住まいの方、、
それと被災地にお住まいでご縁を持った方々に提供させて頂きました。






支援物資もたくさん頂きましたので合わせてお渡ししてきました。

武蔵野市高齢者総合センター、患者さん、商店会、地域の皆さまからは

衣類 / マフラー / 靴下 / 手袋 / 下着 / 布団 / 雑貨 / 消耗品 / 子ども用おもちゃ / 本類 / 家庭用カラオケデッキ etc...

THEBODYSHOP様からは
保湿クリームとオーガニックタオル

weneedcosmetics!の小林さんからは
手作りのリップ、保湿クリーム、冬物衣類、バック、マフラーetc...

ほんとうにいつもいつもみなさま感謝です。


ウィンターギフト内訳

・切り餅1?×2パック
・生小豆
・三温糖(白砂糖とこれを割って入れると身体にもいいし、おいしい(らしい))

・お風呂用保温シート(湯冷め防止として湯船に浮かべるアルミシート)

これに加えてご提供頂いたものを諸々、100均で綺麗な紙袋を購入し、プレゼントっぽくしました。


ほんとうは、餅つき機でもち米からお餅を作り、新年のお祝いとしてお供えなどするらしいのですが、
当然、お祝いではないし、餅つき機はみなさん津波で流されました。


さすがに餅つき機は用意できず、家族団らんでお汁粉食べながら温まって頂ければと。(お餅は腹持ち良いしね。)

    
20世帯分配布をお願いしたEさんがすぐに配り歩いてくれて
帰りの東北道中に早速、画像付きメールを頂きました。


後記
スタッドレスタイヤに交換し、万全で宮城入りしましたが、寒さもそれほどでもなく、雨にも雪にもあたらず助かりました。
でも今回は走行距離は1400キロ弱。最高記録。。どうりで腰が痛くなったわけだ。。。

松田

お値段以上!ニトリ!!


ご支援御礼

お値段以上(無限大)! ニトリ!合計4534のお布団セット(10t車10台分)を株式会社ニトリホールディングス様からご支援いただきました♪



http://fumbaro.org/about/achieve/2011/10/Nitori-Futon.html


今回の布団支援はふんばろう東日本支援プロジェクトを通じて情報を頂き、南三陸在宅避難者用として枚数を確保し、無事、布団を届ける事ができました。
ご尽力いただいたみなさまありがとうございました!!

松田


アロマプロジェクトからの支援

埼玉県の遠隔避難者に化粧品を支援している
アロマプロジェクト
https://sites.google.com/site/weneedcosmetics/

の小林さんより南三陸用としてたくさんのコスメを提供頂きました!
小林さんは私も賛同して活動している災害支援者支援プロジェクトキュアーイーストジャパン(CEJ)
の仲間です。

この手の支援は男子としてはとても苦手、というか発想もないので、
被災地で大変喜ばれました。


手作りのリップやバスソルト!
ひとつひとつに作ってくれた方のメッセージが付いてます!

写真を撮り忘れましたがこれだけではなく、大量の化粧品を女性陣に届けました。



THE BODY SHOP さまからオーガニックコットンのタオルのご支援。
これも小林さんからのご提供。

ありがとうございました。


真心つなぐ配達人 松田

10/23南三陸

10月も冬物衣類、、布団、毛布、娯楽グッズなど多数集まり、南三陸へ届けてきました。
ご協力頂いた、商店会のみなさま、高齢者総合センターのみなさま
いつもありがとうございます!

奥の茶箪笥、コタツに敷いているムートン!のじゅうたん、コタツの上の色々なもの。ご支援頂いた品々です。ありがとうございました。

ここの集落の窓口になってもらっている方の所へ物資を届けました。翌日伺うとこのように皆が選びやすいようにならべてくれていました。半端モノはビニールに入れて公平にしています。
このような方がいる事で円滑な配布が行われます。

以前報告しました通り、今現在、在宅避難者へ支援先を絞り活動しています。
テレビで報道される復興の映像はごくごく一部の話で、ほとんどの方々が3.11から何も変わっていません。こうして毎月通っているとそれが身にしみます。
必死の思いで何とか元の生活に復帰しようともがいてきた8カ月。
復興の足がかりを作るにはまず復帰しないとはじまりません。
ここまでは復興ではなく、復帰です。
被災地はいまだその復帰もままなりません。

どうか、ひとりでも多くの非被災者が、いつまでも
心に東北の復興を願い小さな思いでも抱き続けてくれる事を切に願います。

小さな避難所と集落をまわるボランティア 松田孝司 090-3699-5725





ごっちゃえーありがと〜♪

南三陸で3/12から支援活動を続けていた
さかなのみうらの三浦社長。

自身も被災者でありながら半年以上ずっと休みなく、物資の支援で南三陸を駆け回っていらっしゃいました。

わたし自身は個人活動をしていましたが、被災地に行くとほぼ毎回顔を出し、物資を提供したり、逆に協力いただいたり、情報交換したり、魚やタコをもらったり、泊めてもらったり、ほんとうにお世話になりました。


そして現在も三浦社長を慕ってたくさんのボランティアの方々が昼夜活動されています。


あるボランティアの方が「あの人は菩薩だ」とおっしゃっていました。
黙ってそこにいるだけでなんだか安心したり、心強かったり。
多くは接してないですがそんなぼくでも同感です。


被災地ではボランティア同士の交流もすごい励みになるし、刺激にもなります。

いい出会いがたくさんあったなあ〜。


まあ、そんなこんなでこのさかなのみうらが先月から新たな場所で営業を再開されました。
ほんとうにおめでとうございます!


お店も大忙しなようでなによりです!

10月にさかなを買いに寄ったところ、今朝揚がったばかりの小アジやさばをいただきました。

買わせてもらったウ二とタコ最高でした。
あんなにおいしいウ二は10年前に仙台で食べた以来です!


そしてこれがさかなのみうらの応援歌!
耳に残ります!必聴です!



南三陸さかなのみうらよろしくお願いします!!



松田

被災地個人宅支援ご協力お願いします。


今夏におけましては夏物衣類、日用品などご支援頂き、誠にありがとうございました。

現在私は南三陸を中心とした自宅避難者に支援先を絞り、生活支援、自立支援、コミュニティ作りの手助けなどの活動を続けております。

自宅避難者にも多くの生活困窮者がいますが事情が多様な為、支援され難い状況です。そして仮設にばかり支援が集まる状況の中、自宅避難者は、モノがもらえない事よりもむしろ、支援されない孤独感、家があるだけマシだという差別、遠慮によって元気を失くしています。

そんな自宅避難者の為に、モノ(支援物資)を手土産に元気づけるべく訪問を続けています。温かいご支援よろしくお願い致します。

募集物資

コミュニティ作り、娯楽、自立支援

・CD(特に演歌)
・DVD(寅さん、釣りバカ日誌、綾乃小路きみまろ、嵐など)
・CDプレイヤー
・家庭用コンパクトミシン(中古は動作確認を!)
・布、ミシン用の糸、ミシン用の針
・毛糸(編み物ができる一式大歓迎、)
・娯楽(ハンディカラオケ、囲碁、将棋など)

生活支援(新品、新古品のみ。どなたでも欲しいもの)

・冬物衣類(新品、新古品のみ、着古したもの不可)
  フリース物は喜ばれます。/手袋、帽子、マフラー
・下着
布団一式(掛け、敷き、毛布、枕)
・布団シーツ、カバー

・反射式石油ストーブ(ヤカンをのせれるストーブ)
・アルミ断熱、保温シート(カーペットの下や布団の下に入れるシートやマットです)
・折りたたみベッド(手軽に2つ折りにできるタイプ)
・電気こたつ一式



当院までお持ち込み歓迎です。
大物に関しては、こちらで引取に伺わせていただくか、被災者宅に直接送って頂きます。
問い合わせについては
松田の個人携帯までお願いします。

松田  090-3699-5725


※治療院への電話はご遠慮ください。

被災地では寒く厳しい冬が迫っています。ご協力お願い致します!


被災地からのメールその2

昨日のブログに登場した被災者でもあり友人のピアノの先生からのメールもう一つ紹介します。
昨日のブログを受けて頂いたメールです。



〜〜〜〜〜〜以下メール(一部抜粋)〜〜〜〜〜

読みました…

涙が出ました…

松田さんは、よく考えてらっしゃるし、私達の気持ちに寄り添ってくださってると感じました。

正直な話、ここ2ヶ月ほどは、ボランティアさんに傷つけられる事が多かったので、特に嬉しかったです。

被災地の人は言います…しょせんボラはボラだと…

なんて悲しい言葉でしょう

でも良かれと、思ってしてくださった事が、被災地の誰かを傷つけてるのも事実です。

大局的に前を向いて行くのは、絶対に必要です。

でも心身共に個人差があるんです。

大義の為なら些末な事を切り捨てていいわけはありません。

私は、この半年間ボランティアの方を友達と、とらえて歩んできましたが、一度考え直しが必要と感じました。

そして、ある程度ボーダーラインを、ひかせていただきました。

友達とボラさんです。

そうしなければ寂しさや悲しさが増すばかりでツラいからです。


支援してくださった全ての人に感謝は忘れません。でも、これからは心の糸を結び絆と発展させていきたい方は選びたいと思います。


心の中でね…


うまく説明出来ず長いメールになりました。すみませんm(_ _)m

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


これはある一面にすぎないと思います。
切り口や被災者の立場が変われば違う意見も色々あると思います。


でも大船に乗っかって何も考えずに支援という善意に身をゆだねているボランティアは今一度真剣に考えるべきです。




自分への戒めも含めて誤解を恐れずに少しキツイ言い方します。



被災者が喜ぶ顔を見て「これは必要な支援だ!」と勘違いしてないか?


長い目で見て被災地の、被災者の為になるのか?


自分がしたいだけじゃないのか?


打ち上げ花火のような支援が去った後、被災地に何が残る?


この支援を継続していく覚悟はあるのか?




おれは迷惑ボランティアになっていないか?




松田

これからの支援に必要な事。

院長松田です。
8月は2回、9月は1回、南三陸町志津川に行ってきました。

今現在わたしは

・行政の行き届いていない生活困窮者への寄り添うような支援
・集から個へ移行していく中での新たなコミュニティ作りの支援
・ヒアリングを続け、本当に必要な支援、応援する手段を見極めながら活動すする

この3つを意識して現地入りをしています。




そして支援先を自宅避難者にしぼり、活動をしています。




それには理由があります。

南三陸では8月で避難所から仮設住宅への入居がほぼ完了しました。
ボランティアの目がいっせいに仮設住宅に回りました。、
それはそうです。仮設の方々は家が流されて帰る場所がないんですから。




でも・・・でもなんです。
国や行政の対応全てにおいてそうですが、


家があるか、無いか


で大きな線引きをしています。そして、残念ながら支援するボランティア、団体にとっても、それがひとつの基準になってしまっています。




だからいま、自宅避難者が支援対象から外れて取りこぼされています。




被災者の置かれる状況は様々です。

自宅が残っても半壊。微々たる見舞金で大がかりなリフォームが必要。

自宅は無事でも仕事は無くなって収入源がない。

自宅は無事でも家族が津波で行方不明で孤独になっている人。

自宅も仕事も家族も無事でも住み慣れた町が壊滅して喪失感に襲われてる人。


そして、福島に住んでいる人、住んでいた人、放射能の問題で大変な思いをされています。




この震災は家がある、ない、では絶対にないのです。



どうしても大きな団体の大局的な動きには、それぞれの事情が違いすぎる自宅避難者への支援はマッチしにくいし、
把握できるわけもなく、必然と仮設に支援が回ります。
兎にも角にも、自宅避難者には支援が非常に行き届きにくい現状があるのです。



私自身にしても、月に1,2回行く程度ですので全てを把握できません。

しかし、私のアドバンテージ、でもないですが、

毎回、同じ地域に繰り返し腰を据えて関わってきました。

被災地の状況を私が把握できなくても把握している現地の人たちと強く繋がり、
それを頼りに支援の道筋をつける事が出来ています。


でも以前のように物資の運搬が目的ではなく、物資は手土産

という感覚になっています。

なぜなら、被災地の人々が本当に必要としているのは

モノではないのです。



孤独や喪失感を埋める何かが欲しいのです。

人によってそれがモノであったり、コミュニケーションだったり、マッサージだったり、労働だったりするのです。

一個人の力ではなかなか雇用まで生み出す事はできませんので、ここはとても悩ましい所ですが、


ボランティアが支援活動に行くのではなく

「手土産(支援物資)を持って友人、親戚に会いに行く(コミュニケーション)」

という感覚になってきているのです。


寄り添うように友達に共感し泣き笑い、被災地の復興を願い、一緒に歩み応援する。そんな感じなのです。



被災地の大きなニーズは今や自立支援です。
だからモノの運ぶだけでは駄目。それはその通りです。
心が入っていない、心がみえない支援は被災者を駄目にするでしょう。
それもその通りです。


でもそれはボランティアとして関わるなら。の話です。

個人が個人とつながり、小さくとも細く長く関わりあえればと思っています。


最後にわたしが5月にとある避難所で初めて会って以来、ずっと関わり、僕に代わって現地で動いてくれている友人からのメールを許可をもらったので一部紹介します。

※秋冬衣類と食料品の支援物資の配り方など全部この友人に任せ託し、東京に戻ってきたあとに頂いたメールです。ちなみにこの人はピアノの先生です。


このブログを読んでくれた皆さんが何かを感じてくれると嬉しいです。


?今回の物資は初期段階で富谷町に引き取られた友人の、ご両親に多く持って行くように配慮しました。

国や県、町からの補償金位は貰ったようですが、それ以外は何も届かない状態でした。

仙台の近くですし、買おうと思えば何でも買えるのでしょうが、あえて差し上げました。


なぜなら心が折れかかってるからです。


娘さん夫婦に引き取られ知らない土地で暮らすのは寂しい事ではないでしょうか?

自宅も取り壊され寂しい思いをしてる人に南三陸から物資が届けば少し元気になるかと考えました。

遠くに住んでても忘れないし繋がっていると、口では言ってても何か形になれば…と考えてたので松田さんの運んで来てくださったものは、大変有り難かったです。

あとは自宅に戻られた○○さん、生徒の家に渡し、うちの両親もいただきました。ありがとうございますm(_ _)m


・・・・・・月曜日に炊き出しが、あったのですが、寝たきりのおばあちゃんのご家族も本人も誰も、もらいに行きませんでした。

被災者にもプライドもあるし、家が残った人、なおして入る人、何もない人、新築する人など、個々の事情も違うので難しいです。


自分自身も迷いの中にいるので、なおさらです。


でも私達の取り組み()自宅避難者支援)は間違ってないと思います。

大きな事をしようとする人たちがいますが、それはそれです。

取りこぼしがあったり誰かが傷ついたり…意味が分からない事も多いです。

私は小さな事を自分の出来る範囲でコツコツしたいです。


そのチャンスをくださってありがとうm(_ _)m "




松田


新潮45読んでみてね。

新潮45という月刊誌に
私の活動母体である「小さな避難所と集落をまわるボランティア」の発起人であり、
私を誘い導いてくれた引地達也さんの記事
“宮本常一の「落ち穂拾い」に導かれて”が掲載されています。

http://www.shinchosha.co.jp/shincho45/newest/

個人が個人と繋がりを持ち寄り添うように被災地と関わり続けていく活動が克明に描
かれています。
興味のある方、是非ご一読を。
活動してみたいと思った方はご一報を。

松田

領収書です。

暑い日が続いてます。
私は車の運転焼けで左腕がいい塩梅で黒いです。
足だけはなまっちろくてハーフパンツが恥ずかしい今日この頃、院長松田です。


いつも被災地支援の為にお志やビール券のご支援誠にありがとうございます。

ビール券については野菜果物、缶詰、調味料、飲み物、お酒、防虫関係、法事の為のだんご粉、線香、ろうそくなどなど。
現金では、被災地個人宅にプロパンのガスレンジ、野菜果物2000円詰め合わせセットを5家族分、クレジットカードで除湿器も購入しました。

ビール券については万能ではなく、なかなかうまく使えない事がある為、
僕が個人の現金やカードを使ってまず必要なものを購入し、購入金額相当のビール券を我が家が頂く形も取らせて頂きました。
この点、ご容赦下さい。

我が妻はきっと近所のドラッグストアで「ビール券の子連れ女」と囁かれてるかも知れません(笑)。


領収書の写しを添付してますのでご覧下さい。






私の支援する南三陸では避難所の閉鎖がお盆まででほぼ完了し自立に向けて一歩踏み出しました。
しかし実際にはまだまだ自立できない被災者は多く、自立できる方とできない方でだいぶ格差があるように感じます。
打たれ強い人、打たれ弱い人、がまん強い人、すぐあきらめる人、大げさな人、控え目な人、ポジティブな人、ネガティブな人。

これには個人差があるわけで、本当に支援が必要か否か、見極めが難しいケースも多多あります。

自立支援と生活支援、一個人がどこまでできるかわかりませんが、手探りの支援は引き続きしていきます。

刻々と変わる被災地でのニーズに対応するにはどうしても現金が必要です。また息の長い支援活動の為に、支援者に対する支援も必要です。
今後とも無理のない形でご支援よろしくお願い致します!


にしくぼ整体院長兼、震災支援活動家 松田

第1回 癒しと憩いの会  大成功

 
8月7日,
武蔵野市総合体育館3階 和室研修室にて
震災の遠隔避難者を囲んで第1回癒しと憩いの会を開催しました。

武蔵野市には原発から20キロ圏内で法的に立ち入りを制限されている「警戒区域」の方や、
30キロ圏内の「緊急時避難準備区域」からの方々が一時避難されています。
住み慣れた町や自宅を捨てざるを得なかった無念さは想像がつきません。

想定外の連続で大変なご経験をされ、胸に色んな思いがつっかかり、今もなお、苦しみを抱えながら、それでもこの武蔵野市に慣れ、少しでも前進しようと過ごされている、そんな被災者さん同士、そして非被災者も交ぜて頂き、たくさんおしゃべりをして、少しでもスッキリしていただきたく、楽しいしゃべり場としてお茶会を企画いたしました。


こだわりのお茶やハーブティ、にしくぼ商店会自慢の珈琲屋アンダンテのコーヒーに仕出しのサンドイッチなどを囲んでゆるりと始まりました。
みなさん、被災当時の色んな話や、故郷の様子、武蔵野市での生活、行政への不満、たくさんのお話をされていました。

石巻からの避難者もいらして、みんな食い入るようにお話を聞いていました。

原発20キロ圏の浪江町からの参加者はお姉さんを津波で亡くされていました。

5キロ圏の大熊町の方はご主人が東電の関連会社に勤務しており、いまでもずっと第2原発の方で放射線量を図る仕事をされています。

私なんかまだいいわー。としきりにおっしゃっている方もおられました。
こういう方こそ胸に突っかかりがあります。


色んな被災者の色んな思いが交錯していました。


今回は被災者さん同士のコミュニケーションを図って頂く事がメインですが、特典として

私の集めた衣類中心の物資の提供

私の参加している震災無償ケアプロジェクト、CEJ(cure east japan)のメンバーによる身体のケア

CEJメンバー加瀬氏による天然石のブレスレットのワークショップ、

と盛りだくさんで贅沢な内容でした。

企画から実行まで1週間しかなかったので参加者は6世帯と少なめでしたが運営ボランティアやCEJのメンバーは総勢10名+盲導犬イブ!とたくさん集まって頂き
とてもにぎやかな会になりました。

施術はあくまで脇役で希望があれば行なうとの事前ルールでしたが、ふたを開けたらみんな、あちこち訴えてらして、結局全員施術させて頂きました。


CEJのみなさんには本業でも活躍して頂きましたが(ホッ)、ほんとうに被災者のみなさんのお話に耳を傾け、心を寄り添わしている姿に発起人として、こっそりグッときていました。

これぞまさしく、治療家集団だからできる心身両面のケアだなと確信した次第です。

誰が言い出したか、いま多くのボランティアがカフェ形式で被災者の心の解放、ストレス緩和に動き出しています。
とても良い動きだと思います。

私は仕事の休みの都合上、団体に属して連帯して動く事は難しく、どうしても個人活動中心になるのですが、
こうやって時々、無理くり調整してみんなで一体感を感じながらやるのもすばらしいですね。

何より、被災者のみなさんの笑顔がほんとうにうれしかったです。
2回目、3回目と続けられれば思います。



いつもたくさんの支援物資を提供して下さる近所の肉屋のお母さん(ご主人ともども当院の患者さんでもある)、
前日の急なお願いに快く返事して頂き、長いお時間お手伝い、お付き合いして頂きました。

武蔵野市での物資集め、仕分け、今回の遠隔避難者の居住地探しなどなどあらゆる活動を全面的にサポートしてくれているKさん。
ぼくはこの人がいなければ今までしてきた支援活動の半分も達成できてなかったと思います。

大量のハーブティを無償提供してくれたハーブティー教室Trebol(トレボル)の廣池さん。

天然石を使ったブレスレットのワークショップを開いてくれた梅安鍼灸整骨院の加瀬さん。加瀬さんの細やかな気遣いやサポートに助けられました。


心温かく、志の高い、誇り高きCEJのみなさん!


ほんとうに有難うございました!!

懇親会♪イブはとってもいい子です。


松田

法事グッズとビール券の事

今回の目玉は法事関係の支援です。

3.11から百日忌は過ぎましたが、8月は盆、9月は彼岸と法事が続きます。
前回のヒアリングで法事グッズがあると助かるとのニーズが上がったので準備しました。

南三陸あたりでは、だんご粉から団子を作ってお皿に蓮の葉をちぎって敷い
て、だんごをのせて墓前にお供えするそうです。へえー。
蓮の葉はまだ準備中。とりあえずだんご粉だけ調達!


震災後ですから初盆の方が多いです。
そういった弔いの気持ちは大切にしたいのでできるだけいつも通りに近い形で法要をしてほしいのです。

過去をしっかり受け止め、弔い、踏ん切りつけてさあ!前を向こう!となるといいなあと。

法事が一つのけじめになればこれも立派な自立支援の形。ぼくはそう思います。


上新粉でもいいみたいですがだんご粉の方がよりおいしく手早く作れるみたいです
線香、ろうそく、マッチ。もっともっと集まりましたよ。
喪服。5月から合計70〜80着は集めたのではないか?



今回も例のごとく、皆さんからの大量の物資提供に加えて、
集めていたビール券も有効に使わせてもらっています。

ここまでなんと8万円相当のビール券をご支援頂きました。

ほんとうに感謝しています。わざわざ買って頂いた方もおり、恐縮です。でも感激です。ありがとうございます。

みなさんもタンスの引き出しひっくり返してビール券を探して下さい。責任もって支援に使います。
ご支援頂いた方には領収書などの写しとお礼の手紙を必ず書きますので。

ちなみにだんご粉は全部ビール券でGETです。ありがとうございます。



ぶっちゃけます。支援は現金が一番ですハイ(笑)



なのになぜビール券なんか集めるのか?

?懐が痛まないというナイスなキャッチフレーズ

?現金は渡し難いし、もらい難いので金券でカモフラージュしてる

?支援物資は面白みや意外性があると食いついてくれ、支援してくれる
   これすごく重要なポイントです。(すいません、トーンが軽くて)

喪服を集めてる時なんかもそうでしたが、みなさんの反応すごくいいんですよね。
「ああなるほど!そうだよねいるよねえ〜!」
「あるある。ほとんど着てないからタンスの肥やしだよ!」
「いつか痩せるかなととっておいたんだけど役に立つなら!」
「形が古くて着てないわ・・・」

40代以上になると昔と体型も変わり、高い確率でタンスに寝かせてあり、着る機会ほとんどなく新品同様というある意味感動的な物資です。



ビール券はお酒しか買わせてくれないとこもあるし、そもそも使えないとこもあるし、けっこう面倒なんです。でも現金のカンパの前に、お家にあるもので支援につながるものは出しちゃいましょうよ。って事。
もうひとつ、支援を継続してもらう為には
きっかけは何でもいいので支援に関わり支援を忘れないように動機をもってほしいんです。その為の、懐痛まず物資であり意外性物資なんです。



言ってみればビール券は支援ゴコロの種まきなんです。



まあそんな訳でみなさんの思いと一緒に物資を届けてまいります。



ビール券 意外と深い 意味がある



お後がよろしいようで・・・


松田

重要!義援金と支援金の違いについて!

私自身つい最近知った事実です。
あまり考えずに義援金に募金されている方がほとんではないでしょうか。

簡単に説明します。

義援金の使い道は
"仮設住宅を作る事と
公平公正に被災者に見舞金を渡す事のみ"
にしか使われないのです。

支援金の使い道は
NPOなどへの補助金に使われます。
要は支援者の為に遣えるお金です。

義援金が公平公正が足かせになって渡っていないのは周知の事実。
仮設住宅は一律238万円(確か)でそれをどう使おうが自治体の自由なんだそうです。
場所によって仮設のグレードや家電の充実度に差があるのはそう言った理由からなんです。
でも一家族当たり238万円もの金額があればもっと自立支援に使えるのではないでしょうか。
壊す事が前提のその場しのぎの仮設住宅に238万円。
仮設を建てる為に土地を確保して更地にして、瓦礫やらでただでさえ土地がないのに仮設住宅を立てる土地は仮設がある間はずーっと復興できません。
いろんな側面があるので一概には言えませんが、
ど素人だって、だったらマンションやアパート建てんかい!ってわかりますよね。
そんな仮設住宅の為に
義援金は使われているのです。下手したら義援金は仮設を作る為という決まりだからしょうがなく(助かってる人もいるのはわかっていますよ)作ってるんじゃ、年度末の予算使い切る為のインフラ整備と同じじゃん!と腹立たしくなってきます。
いまの日本の制度では義援金という名目でしか集められないらしいです。
先進国ではかなり早い段階で「日本への支援は義援金ではなく支援金じゃ無いとダメだ」と判断されて赤十字などの義援金には使わず日本財団に寄付をした海外の団体もあったそうです。
日本はまだまだチャリティー後進国なのです。

今被災地を支え、実行力を発揮しているのは義援金がまったく使われていない、NPOを始めとする民間の支援です。私のような個人活動家も自腹をきっているのでそうですね。
今後は支援金が集まらないと復興が進まなくなります。
支援する人、団体が存続するには支援者の為の支援金の募金でないといけないのです。

是非被災地の為にとお思いのあなた!
今後は義援金ではなく、支援金に寄付をお願いします!

ちなみに日本財団や、NPOへの寄付は税金の控除があります。
年末調整時に領収書を提出すれば還付があります。
個人や無認可の団体、街頭募金への寄付では還付はありません。
還付があってもなくても支援は支援寛大に(笑。

義援金と支援金の違いについて日本財団のブログをみてください。

http://blog.canpan.info/sasakawa/archive/2971
日本財団への寄付 
三菱東京UFJ銀行/支店名:本店/普通口座:0492440/名義:日本財団


松田

支援物資届けました。7/5,6

南三陸物資支援報告

7/5,6の2日間、支援して下さったみなさんの気持ちを届けてきました。

こども服とポロシャツ、ミシンを届けました。
       
個人宅にも届けてます。
配給のように配らず、選ぶという楽しみがあるからみんな笑顔です!

荒砥小避難所。針と糸大人気!ここも7月下旬で閉鎖します。これから半壊の自宅に戻る方、仮設住宅に入る方いろいろ。これからが大変です。

手紙も頂戴しました。

夏物衣類はどこにもっていっても「都会の服はモノがいい!」(笑)と大喜びしてもらえました。
裁縫セットのニーズも予想以上に高く本当に喜ばれました!

今回は物々交換のごとく、タケノコ、玉ねぎ、じゃがいも、ご飯や、そうめんなどもいただいてしまいました。ボランティア、食事はもらうべからず!は止めました。好意はありがたく、よろこんで!




ご協力いただいたみなさまありがとうございました。


次回の被災地は7/26、27です!もう倉庫溜まってきてる。うぎゃー。

松田

見て下さいよ!

こんにちわ松田です。
深夜より南三陸に向かいます。
行って参りますって報告というか、
支援物資がモリモリなので見て下さい!て感じです。

これは当院ご利用の来院者さん、三谷通り商店会の商店のみなさん、店頭のチラシを見た地域にお住まいのみなさん、武蔵野市高齢者総合センターのカルチャースクールをご利用のたくさんのみなさんなどなどから、たくさんの物資が集まりました!!

現在、与座武市議会議員が選挙事務所を物資倉庫として提供して下さっていまして載りきれてないたくさんの段ボールはそこに保管させてもらっています。
快く貸して頂き、この場を借りてお礼申し上げます。




今回は丁寧なお手紙書いて下さった方がいました。大正生まれのおばあちゃん!しっかり渡してきますね!
こんなちょっとした一言でも気持ちを伝える事は大切です。




今回の物資集めに全面的に協力してくれたツイッターで知り合ったKさん。とんでもない量の物資の仕分けを、ほぼお任せしてしまいました。Kさんがいなかったらと思うとぞっとします(笑)。感謝の言葉もございません。そのKさんよりお土産。石巻の被災缶詰!サバみたいです。


ちなみにこれはぼくが以前買った、やはり石巻の被災缶詰。これは被災地支援飲み会の時にみなさんにシークレット缶詰としてプレゼントしました。ほんとに中身は不明で開けてびっくりだったようです。



なんてブログを書き途中にもこんな大量の物資支援を持ってきていただきました。三鷹電器の奥様だったようです。いつもご支援有難うございました。


僕は物資を運びますが、こうやってたくさんの人達に支えられ、たくさんの思いも一緒に運びます。
ぼくが窓口となり、運び屋となり、被災地と非被災地が繋がってるなんて幸せなお役目です。ありがたや。。

では、無事故で帰れますよーに。切符切られませんよーに!!免停だけは(泣)

松田

支援物資募集中です

津波被災地域、南三陸町へ物資を定期的に届けています。



7月は5(火)、6(水)、26(火)、27(水)に被災地入りします。

皆様の気持ちを届けてきます! 
        


緊急募集物資(いますぐ必要です)


・Tシャツ

・ジャージ

・下着類全般、靴下


ご苦労掛けますが全て新品のみ募集です。着の身着のままで逃げたので衣類が全くありません。そのうえ、瓦礫撤去、泥出しで衣類の消耗が激しい状態です。
※携帯用でもけっこうです。裁縫セットがあると寸法を直すのに重宝します

常時募集物資(無制限に必要です)

◆食品・・缶詰、レトルト食品、カップラーメン、乾麺(そうめん、冷麦など)、調味料(味噌・醤油・砂糖・マヨネーズ・ケチャップ)

◆洗剤類・・食器洗い用洗剤、洗濯用洗剤

◆浴用品・・ボディソープ、シャンプー

◆防虫関係・・はえとりリボン、蚊取り線香、ベープ(スプレー)、はえたたき

◆消耗品・・ティッシュペーパー、トイレットペーパー

◆家電・・冷蔵庫、扇風機(家電については送料自己負担で直接送っていただきます。詳しくは下記までご連絡を)


^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
ご自宅にビール券ありませんか?
物資支援の為のカンパも大歓迎ですが、現金を渡すのも、受け取るのもちょっと・・・。
そこで、ビール券大募集です。

ビール券であれば身軽に現地に入り、被災地で物資の調達が可能になります。

車の積載にも余裕が生まれるので色々積む事が出来ます。是非ビール券のご支援よろしくお願い致します。


被災地の為に何か力になりたいという思いの方々が本当に多く心強いです。

いままで喪服礼服を始め、夏物衣類、日用品などほんとうにたくさんの物資をお持ちより頂き、松田が直接、被災地に届けてきました。

感謝してもしきれません、ほんとうに有難うございます。

機能しない行政、大型避難所に集中し、吐き出されなかった数々の物資、挙句は廃棄、本当に必要なものが必要な人に届いてない現状にみなさんが違和感を感じていました。
民間レベルで小さな支援をコツコツしていく事で必要なものが必要な人に届きます。

これからも私は物資の窓口になります。みなさんの温かい思いを代わりに届けますので息の長いご支援よろしくお願い致します。

※窓口になれる人、運べる人も募集中!一市町村一窓口化計画!我こそはという方指南します


支援物資は三谷通り”にしくぼ整体“まで直接お持ちください。
できるだけ平日にお持ち寄り頂けると助かります。
よろしくお願い致します。

物資についての問い合わせ:松田 090-3699-5725 唐木田0422-54-4948
にしくぼ整体への直接の電話はご遠慮ください。

南三陸と支援について

院長松田です。

今回ははじめて行った南三陸のレポートと支援について真面目に語ります。

内陸の栗原という所から車で移動したのですが海岸が見えてきたあたりから突然景色が一変。

海岸沿いは、一体見渡す限り全て壊滅。
これでもかというほどの破壊。言葉を失うほどの惨状。


地元の方曰く「どこからでも海が見える」と聞いてましたが、ほんとにその通り。
元の光景は知りませんが、海岸沿いは場所によっては跡形もなくながされて更地のようになってます。



驚いたのは沿岸のかなり高台と思われる場所なのに、基礎を残して家が流され、舟がひっくり返り、全壊の家の屋根の上にがれきがかぶっているのです。

ここはかなり高台↓


津波の高さ10メートル?

いや20メートルはゆうにあったのではないか。

津波は山を駆け上り、車を、家を、人を、さらっていったのです。

片足だけのサンダル、逃げるときに被ってたであろうヘルメット、衣類、やかん、未開封の醤油ボトル。時計。



2カ月経った今も、瓦礫とともに散乱していました。





現在の南三陸は電気とガスはどんどん復旧している状態です。

しかし水道の復旧率は1%(井戸水を使っているエリアもあるし、自衛隊からの水の支給は行き届いているので命の危険は脱しています)。

報道でもあるように避難所は次々と閉鎖され、泥出しの目処がついた自宅にどんどん戻り出している状態です。



ライフラインが復旧。我が家に戻れる。



これが何を意味するのか。


自宅に戻ると物資の支援がほぼ無くなります。
大きい避難所は大量の物資で潤い、余って処分するほどなのに、小さい避難所、個人宅にはなかなか回ってこないのです。
行政や自治体が機能してないのです。把握しきれないのです。役場が流された地域もあります。

マンパワーが足りない事とお役所仕事で融通が利かない事が大きな原因と言われています。

家が流されずに済み、自宅に戻れた被災者が炊き出しに顔を出すと心ない一部の被災者から、何でくるんだ、家があるくせにと嫌がらせを受ける事もあるそうです。


だから
ライフラインが回復すれば復興、家に戻れれば復興、
ではないのです。

むしろこれからが大変なのです。

被災者は収入がありません。
家も車も自転車も家電も日用品も何もかも流されました。

支援がないと生活費を貯金から取り崩して捻出しなければなりません。

これから先の要り様の時の為に、可能な限り物資の支援で生活を繋ぎ、いかにお金を使わないで過ごせるかが生きていく上で重要なのです。

支援しすぎは自立を遅らせるという意見もありますが、自立支援しながら、まだまだ生活支援もしなければいけない段階です。


物資でも義援金でも泥出しのボランティアでも

なんでも全く足りてないんです。



いつ届くかわからない大きな団体に寄付するなら、野菜や果物、缶詰め、レトルト、カップラーメンなどの食糧品、
洗剤、蚊取り線香、ティッシュ、自立支援の為の寄付などなど無制限に今、必要なものがたくさんあります。

行政を通すと断られる支援も通さないと途端に無限に必要だという事が分かります。

実行力のある、支援方法や支援団体はたくさんあります。


非被災地の日常は完全に戻り、徐々に震災報道も減り、どんどん風化していきます。

この惨状を直に見てない、被災者方と接してない多くのみなさん。

おそらくこの状況に身を置いた自分を想像できないでいると思います。


出来なくていいんです。
でも知る努力はすべきです。
そうするには少しでも震災に関わる事です。
絶対に風化させてはいけないにんです。
この先長いんです。


同じ日本人が困っているんです。



持ちつ持たれつ。
何かアクションを起こしましょう。

いつも通り消費する。節電する。時々小銭を募金する。
それも大切です。けれどそんな程度では被災地は復興しません。
そんな程度の気持ちでは何もしてないのと同じだと僕は思います。

だから少しだけ、
家族にさみしい思いをさせてしまうし、
治療院のスタッフにわがままを言うし、
患者さんにも色々支援をお願いするし、

でも今はそうやって支援活動をして行こうと思います。

息切れするから無理するなと言われますが、息切れした時はまた立ち止まって考えたいと思います。



この有事に何もしなければこの先きっと僕は何もしない。

今できる事は全てやる。


そんな強い決意で支援活動をしている尊敬すべき人達と共に。





リアス式海岸の美しい南三陸の海。海の青さも戻っていました。



支援金入金しました。

院長松田です。




皆さまから頂いた

支援金総額18,341円。

これに少し足して19000円として被災者の重機免許を取得していただく為の支援金として入金いたしました。


この支援プロジェクトは被災者自ら町の復興のために重機免許を取得し、がれき撤去をしてもらう画期的なプロジェクトです。


「被災者に重機免許を」プロジェクト
http://fumbaro.org/donation-form.html


いまも続々と取得者を生み出しています。

まだまだ物資の支援は必要ですが、同時にこれからは自立支援もどんどんしてかなければなりません。


元気なのに働けないほど苦しい事はないですよね。


免許取得によって働き、収入を手にし、家族を養う。


この当たり前の営みが当たり前にできる事の喜び。


被災地の方々の生き生きとした顔を思い浮かべるとうれしくなります。



ぼくらも働ける喜びを感じながら、感謝の気持ちを忘れずに日々過ごしたいと思います。



にしくぼ整体の当日の予約空き状況、健康ネタのつぶやき

 | HOME |  »

カテゴリー


最近のエントリー


最近のコメント


カレンダー

02 | 2017/03 | 04
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

月別アーカイブ


ブログ携帯版はこちら↓

http:// nishikubo.10.dtiblog.com/?m

にしくぼ整体携帯ブログ


検索フォーム


RSSリンク


PoweredBy

Powered By DTIブログ


お小遣い稼ぎ!
スマホでお小遣い稼ぎ!
DTIブログポータルへ
このブログを通報
Report Abuse

利用規約

予約状況などのつぶやき


つぶやき返したい方、質問がある方、フォローして下さい↓↓     

nishikuboseitaiをフォローしましょう


プロフィール

にしくぼ整体

Author:にしくぼ整体


リンク